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【ひとり旅Ⅵ 】スペイン  [60歳からのひとり旅]

【ひとり旅Ⅵ 】マドリッドと周辺
マドリッドとトレド・アヴィラ・セゴビアの旅
 

今年、目的地はポルトガルのポルトだったが、残念ながら契約に関する厳しい仕事の都合でBDより早くなった。そして、航空運賃を考え、マドリッドに変更。出費は、いつも通り25~30万円を予定したスケジュールを組んだ。
『60歳からのひとり旅Ⅵ』  2016.1月4日~1月12日

             航空券            78,000円  
             宿泊費            80,000円 
             その他 交通費・食事など 8万円  合計26万円  

〈航空券はHISで手配〉

事前にネットで飛行機便を調べた。HIS新宿店に行って、事前情報以外の詳細な時間の調整が出来、手数料10,000円を払って、HISで航空券を手配。成田からカタール航空でドーハ経由、6時間後、マドリッドに向けて発つ便にした。ホテルは自分でネットで手配。

〈旅行内容〉

1月4日 マドリッド 成田からカタールのドーバ経由で、マドリッド午後7時30分着

1月5日 マドリッドから日帰りでアヴィラ
     朝早く、バスでアヴィラに行く。3時間の市内見学をし、電車で午後3時頃、マドリッドに           
     戻り、市内見学。

1月6日 マヨール広場見学後、トレドに向かう。
     9日から宿泊するホテルにスーツケースを預け、リュックだけでトレドに行く。
     7日はトレドの郊外にあるパラドールに宿泊 

1月8日 トレドから午後2時頃 マドリッド経由で、セゴビアに行く。

1月9日 セゴビアからマドリッドに戻り、最後のマドリードを愉しんだ。2泊
1月10日 エスコリア―ノに行く。午後1時頃マドリードに戻り、最後の市内見学。
1月11日 マドリッド、午後6時まで見学する。
12日 ドーバー経由で 帰国

<目的>

スケッチと広場探しの旅、マドリッドとトレドで美術館通い

今回の旅行のために,12月31日の午後と元旦以外はしっかり働いた。1月3日午後8時過ぎに家を出る。飛行機は、中近東のドーバ経由マドリッド行きのカタール航空会社。初めて利用する会社で少し心配したが、全く問題ない安心な飛行の航空会社だった。時間通りに成田を出発、シート間隔は少し狭いかなと感じた。機内食は、今一だがスチュワーデスに、日本人もいたので、機内案内は安心。そして、上手な安全操縦だった。隣の席の人は日本人、ドイツに行くスポーツ選手だった。カタールは機内持ち込みの荷重制限が厳しくないので、この会社を選択したそうだ。時刻通り、朝6時30分ドーハの飛行場に着いた

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最初のスケッチ


ドーハに、乗継のため6時間待ち。35年ぶりだろうか、久しぶりのアラブの国だ。ここは、アラブ人の服装の黒い天使の輪(アガール)と真っ白い衣装、白いマント(トーブ)姿のカタールの民族衣装)が目立ち、過去と現在がミックスしたような混沌としたな雰囲気だ。飛行場の外を見ると、高さ200~300mの高層ビルが乱立。午後1時、定時にマドリードに向かった。

1月4日、時間通りに午後7時30分、バラハス国際空港に着く。

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人の流れに任せてシャトルに乗り、税関を通る。飛行場から地下鉄を利用して、地下鉄のソルの駅に着く。スーツケースとリュックを持ち、小雨の中を歩いて、午後9時過ぎにオスタルマヨールホテルに無事に到着。“ホテルは駅から2~3分程度、近くて良かった。”夜10時近いのに、通りは賑わっていた。長い飛行で、食事・散歩する元気もないので、荷物の整理をし、シャワーを浴び、就寝。
5日起床したのが午前4時、5時から部屋を実測。小さな部屋12㎡(3.15×3.9m)、交通の便だけ考えると、マドリッドの中心、ソル広場近くのホテルを選択したのは間違いがなかったようだ。

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一泊9,000円、食事なしのホステル3つ星


今、6時前、日の出は8時30分までには、2時間以上ある。初日は市内見学を予定していたが、外は真っ暗、雨は止み、思ったほど寒くない。時間がもったいないので、急きょ「城壁都市のAvila」に行くことにした。
ガイドブックでバスの発着場を探し、ホテルを出る。見学のはじまり、まずはチョコラータの店で朝食することだ。偶然に、これはと思うバール(ChocoSanGines)を見付けた。

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チュロスをチョコラータにつけて食べる


朝7時前から、お客で賑わったいた。24時間営業しているそうだ。先ずは、チョコラータとチュロス(4ユーロ)で朝食を済ませた。そして、駅で地下鉄・バスの10回券を購入。それから、地下鉄Chamartin駅に行く。アビラには電車かバスにするか迷ったが、ここから8時30分発のバスに乗った。マドリッド(海抜650m)の市街地から郊外へと向かう。30分ほど走ると、建物はなく岩石、石だらけの平地が続く。

城壁都市 AVILA見学 

山を超え、アヴィラ(海抜1117m、人口≒58,000人)に近づくに従い、寒くなり、雪が降ったり止んだりの不順な天気模様。着いたのが10時。アヴィラには、40年前に一度だけ訪れた。ほとんど覚えていない。駅でプロシュートとパンを買う。旧市街地をどこにあるのか尋ねながら、バス駅から徒歩で20分ぐらい歩いただろうか、城壁に囲まれた旧市街地の門に着いた。

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アビラの地図
城壁は1090年から1098年にかけて建てられた。88の塔と9つの門を持つ。カトリックの聖女、聖テレサの修道院改革の中心となった町で「城壁と成人の町」とも言われている。「旧市街と城壁外の教会群」は世界遺産に登録されている。(スペイン 世界遺産と歴史の旅 /武村陽子著)

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寒くて、冷たい風が吹く中でふるえながら書いた





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アビラの城壁にて


城壁の旧市街地の広さは940m×500mぐらいのこんもりとした小さな街という感じだ。城壁が完全に残り、分かり易く、美しい街並み。大聖堂から櫛を差すように伸び、街を二分にしたような東西軸の街路を歩く。中心の商業広場を通り抜けて、西の方に、ゆっくり下って行く。城壁と一体で築かれた看視道を歩いている観光者が見え、看視道に上がることにした。

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看視道から前方の街並みを見下ろす


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大聖堂から櫛を差すように伸びた中心の東西軸


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旧市街地は美しい城壁で囲まれた、丘の上に築かれている。


看視道は観光ルート(5ユーロ)。ここから見る景観は、街全体が模型のよう、薄い肌色の石の城壁で取り囲まれた風景が美しい。観光客と話をしたり、写真を撮ってあげたり、撮ってもらったり、スケッチしたりの観光だった。天候は雪が降ったり止んだりの不順な天候、寒くて、‥もっとゆっくりすればよかったが、今日が観光の初日のためか、気持ちがまだ、落ち着いてないためだろうか、と思った。

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看視道:左は城壁右は所々目隠し(一般の住宅への配慮)

看視道から見た、「庭が広く、インテリアのきれいなレストラン」を見つけて店内に入って見た、美味しそうだった、倹約。午後1時20分の電車でマドリッドに帰る。わずか3時間の予定外の観光だった。ホテルに午後3時頃戻り、明日6日から11日までの計画を確認した。

ちょっと マドリッド市内を散策

明日6日から9日まで、トレドとセゴビヤ見学、9日にマドリッドに戻り11日まで宿泊するホテルを確認に行った。場所は最高に良いのだが、狭い階段を上がり、ホテルのフロントに行った。誰もいない。三日間、荷物を預けるのは心配になり、ホテルを変えることにした。散策をしながら、ほぼ同じ料金の三ツ星のホテルを見付け、予約ホテルをキャンセル。 新しいホテルで荷物を預かってもらえることを確認した。

少し休み、観光の中心地マヨール広場に行った。新年の様々なイベントを行い、広場のアーケードには、多くの専門店あり、屋台も並び賑わっていた。

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広場中央にフェリッペ3世(1598~1621年、広場の建設を命じた人)の騎馬像。

城壁都市 TOLEDO見学

暗い中、6時40分にチェックアウトをし、9日からの宿泊先ホテルにスーツケースを預けた。ショルダーバックだけで観光。まずはチョコラータの店に行き朝食。地下鉄でMendez.Alvaro駅に行く。10時発のトレド行きのバスに乗る。満席の混み具合、隣席は韓国人、スペインで勉強をしている21歳の若者だった。イタリア語、英語の会話で、あっという間の1時間が過ぎた。
どうして、トレドに2日間泊まるのか不思議がっていた。(観光をしてみて、2日でも足らないと思った。)バス駅に着く、歩いて15分ぐらいだろうか、最初のホテルのHotelcarlosⅤ(50ユーロ)に行く。価格のわりには良かった。

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ホテル三ッ星 8,000円 12㎡ (3.13×2.8m+1.5×2m)

市内見学、小降り、降ったり止んだりの天候の中の見学だったが、愉しかった。

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三方川に囲まれ、高台にあるトレド、人口≒85,000人

マドリッドが首都となる前のキリスト教国の首都だった。城壁に囲まれた旧市街地は1.4km×1.2km、東、南、西を崖とタホ川に囲まれ、主要街路はあるが、起伏があるために分かりにくい都市構図。これも防備のためか、モロッコのカスバのような街路、イスラム文化が入り混じった街づくり。地図もなく、見学していたら迷ってしまった。街路は上がったり下がったりの起伏。行き止まりだったり、人に尋ねながらの見学。地元の人に尋ねたら、バス停のあるソコドベール広場(古代ローマ時代は囲い込みをした敵を追い込んだ場所として、中世は羊などの動物市場)が街の中心だと言うことが分かった。

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と言うことで、一日目はただウロウロだけの一日だった。スペイン人と日本人の夫婦で経営するレストランを見付け、安心して食事が出来た。翌日のランチも同じ店で食事。歩き疲れで、風呂に入り直ぐに寝た。

1月7日の予定は、まず トレド市内散策をし、午後4時頃、バスでパラドールに行く。

『トレドはスケッチをするのに最高の街』
朝4時30分頃に起き、部屋を実測し、チェックアウトのため12時前に帰ることを約束、荷物を預けスケッチブックだけを持ち、午前7時30分市内見学に出かけた。城壁を中心に見学、サン・マルティン橋、Bisagraの門とCambronの門と沢山のスケッチしたい場所を見つけた。時間はあっという間に過ぎた。
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Bisagraの門


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San Martin橋

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Cambronの門

そして、思い出場所にも行った。40年前に妻と訪れたエル・グレコ美術館

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エルグレコの美術館の中庭にて

スペイン夫婦が写真を撮っていたので、私から撮ってあげましょうか?と言って、私の思い出を話し、私も撮ってもらった。小降りの雨、晴れたり降ったりの変な天気だが。今日も楽しい一日。

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トレドの喫茶店で、楽しそうな夫婦









ホテルに戻り、荷物を持って、午後2時45分のバスで、今回の旅行の目的地のホテル・パラドール・デ・トレドに行った。

ホテル【パラドール・デ・トレド】


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外観、インテリアも落ち着いたデザイン、景観、周辺の地形、全てがすばらしい。朝、夕食付で22,000円(172ユーロ)

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全てが良かったので室内、家具など実測した。



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ベランダからの景観


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奥行き1.8mのバルコニー、ここから見るトレドの街も素晴らしい。

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アルカザールとカテドラルが浮きがって見える景観


今日は1カ月早い、67歳の誕生日。夜8時30分の夕食を待ちながら、室内、家財を実測したり、ベランダからトレドの街を眺めたり、ひと時のゆっくりした至福のとき。夕食は、軽食ではあるが満足、満足な一日が過ぎた

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パラドールのベランダにて、朝食前


今回の旅行で、はじめてホテルでの朝食。朝食後、建物周辺を散歩したり、中世のまま残された場所、岩山の上まで出かけたり、日本人の親子との会話も楽しんだりの3時間がゆっくりと過ぎっていった。

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パラドールから見る岩山


帰りもバスでと思ったが、12時までないとのこと。タクシーで、駅まで20ユール。同じ駅に行くという台湾の夫婦に同乗をお願いした。私が半額払うのでというと、“必要ない”とは言われたが気になって払おうとしたら、お金は大切にするものだと言われて、無料で同乗させてもらった。12時25分発の電車、時間があり、散歩してスケッチをした。

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北東にあるロッカ(城)側からトレドの街を見るのも面白い。


1月8日 パラドール・トレドでゆっくりした。午後2時頃、電車で、マドリッド経由で、セゴビヤに行く。

セゴビア 見学

トレドを12時25分発、マドリッドに13時着そして、マドリッド14時40分発の電車でセゴビヤ15時15分に到着した。マドリッドでは、警戒のための荷物チェックに時間が掛かり、出発が10分ぐらい遅れた。セゴビヤに着いて、下車した人達が走っていたので、バスの乗り継ぎの関係かと思い、私も走った。おかげでバスに間に合った。駅は市街地のはずれにあり、市街地行きのバスは少ないそうだ。市街地は街から10分ぐらい、終点だった。そして、予約済みのホテルまで歩いて、少し離れているとは思ったが、観光目的の「アルカサル」に近くてよかった。今日も小降りの日だ。
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セゴビア大聖堂の前


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三ツ星ホテル 7,800円 4m×3.5m、屋根裏、低いところで1m以下

「セゴビヤ」の旧市街地は、1.3km×500mぐらいの小さな街、人口≒52,000人。ローマ時代の水道橋と妻と訪れたアルカサルの見学が目的で訪れた。

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水道を実測した


8日の夜から雨が降り、翌日の朝4時も雨、やっと6時30分に雨が止んだ。外はまだ暗いが、7時10分にホテルを出た。岩盤に立つアルカサルを見たくて、急勾配の小道を下りて行った。薄暗い中を歩いて行く。アルカサルのスケッチに良い場所を見付けた。スケッチするにはまだ暗い。周辺を散策し、明るくなるのを待った。
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今日は土曜日。マラソンの準備している人たちとすれちがう。スペイン語で“お早う”と挨拶をする、みんな気軽に挨拶をする。ひとり旅ではないと味わえない光景だろう。
空は少しづつ明るくなる。薄暗いときに見えなかった場所、箇所が次第に見えてくる。
ここから見るお城は一層美しいと思った。(アルカサルは白雪姫のモデルになったことで有名)

散策の時、美しい13世紀、ロマネスク教会ラ・ヴェラ・クルス礼拝堂を見付けた。教会には入れなかった。聖堂騎士団が建てた多角形プランの礼拝堂。
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13世紀、ロマネスク教会/ラ・ヴェラ・クルス礼拝堂
一度急いでホテルに戻り、チェックアウト12時前に戻ることを約束して、水道橋を実測に行く。
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水道橋の実測
12時前にホテルに戻り、荷物を整理、午後3時に再度戻ることを伝え、見学した。その後、バス停に向かう。午後3時45分発のバスは出発が遅れ、午後5時15分とか言われたが、ここでもスペイン人に助けられ、切符を変えてもらう。マドリッドに着いたのは、午後6時頃だった。セゴビアは思った以上に楽しいかった。
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現地で見つけた三ツ星のホテル 78ユーロ
予約していたホテルに行く。荷物を整理をし、今日、土曜日は無料のプラド美術館(午後6時~8時まで)とのことで、急いで行った。たくさんの人が並んでいた。まだ、1時間かかるらしいと言うことで、並ぶのを止め、アアルト展示館に行った。展示館そばのお店で食事をしてホテルに戻る。
 
エルコラーノ 見学
朝、5時に起き、朝7時にホテルを出て、Moncloaのバスターミナルから午前8時発のバスで、エル・エスコリアルに行った。9時頃に着く。今日は一日、小降り雨模様。世界遺産の修道院は午前10時からだったので、喫茶店で時間をつぶした。当地でコックとして働いている日本人がいた。喫茶店のオーナーから彼は2つのレストランをかけもちで働いているということを聞いた。
エル・エスコリアル見学
タペストリーに織り込んだ絵画のような美しさにはびっくりする。でも、ここよりはアヴィラの街の方が良かった。12時のバスでマドリッドに帰った。帰りのバスには、同じ行きのバスの人がたくさんいた。1時頃、バス駅に着く。半日コースの見学だった。ここでは、建物の見学より、日本人、中国人夫婦などの出会いが楽しかった。
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奥で話している爺さんグループに写真を撮ってもらった。
      
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エスコリア―ノにて
 
1月10日の午後と11日最後の日 マドリッド見学
マドリッドは1561年、フェリペ2世は宮廷をトレドからマドリッドに移し、以後今日に至るまでスペインの首都。
スペインの国土は日本の1.3倍だが、人口は日本の約3分の1。マドリッドの人口は東京の約4分の1の320万人。首都マドリッドはだけあって、主要な街区をモーラされた地下鉄がある。

市内観光には地下鉄が非常に便利、回数券をお薦め
地下鉄はSol(太陽)駅が中心。東京の山手線に相当する6号線、中央線に相当する南北に縦断しているのが1号線。その2本の線と方向を確認しておけば地下鉄は問題なく乗車できる。


「マドリッドの見学」は、『絵画見学』と『マヨール広場の調査』

10日の午後は、美術館に通った。スペインには、有名絵画は豊富にある。いくら時間があっても足らない。だから、作品を絞って見学をした。特に宗教画が多いプラド美術館が有名だが、スペイン画家のピカソの作品。そして、ソフィア王妃芸術センターにあるピカソの『ゲルニカ1937年』『青衣の女1901年』ディッセン・ボルネミッサ美術館ではピカソの『鏡を持つアルルカン1923年』を見学。残念ながらドガの『緑の服の踊り子』は修復中で見学できなかった。


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鏡を持つアルルカン1923年/ピカソ


帰国の当日の11日は
朝6時30分,チェックアウト前に帰ることを伝え、荷物を預かってもらい、見学を開始。strong>午前中は、モジュリアーニ、モネ、ピカソの絵など3~4点だけ見て、午後1時30分頃から広場の調査、スケッチ実測の作業を午後6時までした。

【マドリッドの都市網】

地下鉄のソル駅から地上に出る。周辺は「プエルタ・デル・ソル」、“太陽の門”。つまり、都市の一つの入り口に相当する。城壁は残されていないので、はっきりしたことは分からないが、“都市はどのように築かれたのだろうかを考えながら、地図をよく見る。周辺の整然とした街路の中に、不自然な網のような形状をした街路のある、マヨール広場を中心にした都市が見えてくる。

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旧市街地は東西1.8km×南北2.4kmの広さ。
中央の主要街路(中央にある変形の広場がソルの広場、ここから東西に延びる、広場から東に延びるのがMayor街路、西の方向にAlcala街路)が街を二分している。北側は下街の雰囲気がある。

【歴史的な街の構成】

初期の街を二分して東西に走るマヨール通り。そして、ほぼ中央にあるのが、マヨール広場。初期の街は、1.8km×2.4km。主要街路の北側は今もなお、迷路のような、イスラムのカスバを思わせる“歴史的な街区”が漂う。迷路のような街路が成長をくり返しながら、現在のような大きな都市に発展した。トレドと似た形態ををしている。同じイスラム圏として、街の雰囲気が似ている。そのようなことを考えると見学するのも一層愉しくなる。私の「60歳からの旅」は、全てを見学するのでなく限定した場所の小さな旅日記。

【マヨール広場】

マヨール通りから少し中に入ったところにあるのが、街区の中心の「マヨール広場」。測量レザーとカメラとスケッチブックを出して調査をした。

広場に流れ込む様々な表情のある11本の街路には、非常な魅力を感じる。遠近法を思わせる魅力、段差のある変化など都市計画の技法を思わせる。
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広場の近くのバールにて


1月12日 羽田に午後10時50分頃到着し、13日朝0時40分頃帰宅。午前6時                         自宅を出て事務所に打合せの準備をして、新橋に行く。

<私の最近の旅行の方法・教訓を2つ紹介>


今年からの両替の教訓は、日本で両替することをお薦め
昨年のポルトガルでは、苦労して良いレート先を見付けた。しかし今回は、日本の飛行場の両替の窓口では、9,700円ぐらいが70ユーロだった。マドリッドには、ソールの駅の周辺に、両替商が7-8カ所あるが、1万円が50から65ユーロ。海外では、円の価値が低いことを感じた。


ホテル探しの方法

1)キャンセルが出来るホテルを予約すること。
以前は、アゴダだったが、キャンセルが出来ないホテルが多い。変更可能なホテルを紹介しているブッキング・ドット・コムに変更。
2)ホステルとホテルの違いを、今回の旅行で感じた。なるべくなら、ホテル3つ星を検索したい。ホテルの検索は、まずグレード、ホステルもホテルも関係なく三ツ星以上、一泊1万円を目安で検索した。そして、交通、買い物に便利な中心地を条件に検索している。

ホステル3つ星は、ホテルの一つ星に相当するとのこと。

ホステルは、個人オーナーが経営した宿泊場所。狭い小さなエレベーターに乗り、2階か3階に上がり、ブザーを鳴らして室内に入る。フロント、ロビーが無い。少しさびしい感じがする。

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strong>出来事/飛行場で果物ナイフを取られた。こんなに小さなナイフで、人は刺せないと言ったが、ダメだった。バックを機内に持ち込まなければいいと言われたが、諦めて、カンタスの女性に有名なメーカーのナイフなのでプレゼントをしますと言った。


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